さいきんのお気に入りミュージックは、「ザ・ブルーハーツ」 です。 詩に言葉は多くないのですが、シンプルさの中にもメッセージ力はしっかりとあります。 楽曲もいいから伝わりやすいのかも。
さてさて、この ”好き感” は、紙媒体やウェブのデザインに例えて言うとなんだろう。 ”絶妙に抜かれたデザイン” って感じかな。 これ以上やると五月蠅いし、これ以上抜くと物足りない。 本当に伝えたいものが分かっていて、それをしっかりと強調しながらも鼻につかずに、ちゃんと情報を渡していく、感じ。
会社に入ってくる若いデザイナーたちも最初のうちは、与えられた仕事の中で、なんでもかんでもやりたがります。 結果的に全面厚化粧のケバケバ・デザインになり、何を伝えたい媒体なのか、よく分からなくなります。 直そうとしても、どんどん深みにはまっていく(笑)。
ま、そのうち、与件・先見の見極められた ”絶妙に抜いたデザイン” が開発できるようになるでしょう。 それを求めていく苦労の積み重ねが、実力やセンスの土台になっていくもの。 一流を目指す気持ちさえホンモノならば、いまは無駄な努力なんてないので、がんばってもらいたいですね。
ある程度の組織ラインになった人の場合、時限を守るくらいの仕事では、スピードが遅すぎます。 言われた通りの範囲のことをやって、さらに言われたとおりに時限を守る、という仕事を繰り返すなら、そのヒトは要りません(←そのものの意味ではないです)。
もう一歩踏み込んで、言われた要件を大きく超えたものを、時限すら早取りして結果を出すことに挑んでほしいわけです。 そういうことが出来るようになると、その人が会社の思考や判断を引っ張っていく ”水準” や ”速度” を持っていくようになります。 組織は、こういう人がちゃんと評価されてリーダーになっていかないといけません。
はじめのうちはどの社員も、時限を定めてやると、その時限をいっぱいに使って、だいたい想定範囲の仕事を仕上げてきます。 ただし、経験を積むほどに軽々と出来るようになっていかないと。 もし同じ時間を使うなら、その余裕を、次のステップへの挑戦に使っていくべきです。
たとえば、「お、チャレンジしてるな」 と思えば、4日間の時限を約束した場合にも、私は2日後には 「出来たか?」 と聞きます(笑)。 そういう ”迷惑な催促” を、どんどん受けるような人材になっていって欲しいですね。
先週、うちのシステム部のメンバー全員で食事会があったそうです。 新しい開発者の入社もあったので、顔合わせや歓迎の目的もあり、食べて飲んで、楽しい時間を過ごしてきたようです。
さてその翌日のお昼休み、システム部に所属しているアルバイトスタッフのNさんと、エレベーター内で偶然にいっしょになりました。 そのとき、「昨日はごちそうさまでした」 という言葉をもらったんです。 別に私が参加したわけでもなければ、私がお金を出したわけでもありませんが、彼が自然と、”会社” に言った言葉に違いありませんでした。
偉いですね。 アルバイトスタッフながら、こういう所属意識と自覚を持って、責任のある仕事に取り組んでくれています。 よくある話しですが、会社という組織に長いこと入り込んでいると、こういう費用認識が ついつい疎くなってしまうもの。 「ごちそうさま」 が言える社員が少なくなっていますね。
どんなときでも、自分たちのための社用飲食で使われたそのお金が、どこをどのように巡ってきたお金なのか、よく理解しておくことは、とても大事なんです。 こういう人材がうちにそのまま入社してくれたら、どんなにいいでしょう。 いい会社にならなくちゃ。
管理者やリーダーは、その仕事上を付き合っていく部下や後輩たちから見て、怖い存在であっていいと思うのですが、恐ろしい存在はダメです。
似たような表現なので、分かりにくいのですが、”恐ろしい存在” は、それこそ手のつけようがない ”お化け” みたいなものですから、理屈も言い訳も通用しません。 もう逃げた方がいいでしょ。 一方、”怖い存在” は、甘い考えや仕事のミスがあったときに、叱られたり注意されるという性質です。 言う側の理由がはっきりしているし、言われる側も意味が理解でき反省のチャンスも得られます。 愛情も通います。
リーダーは、相手にとって ”怖さ” に映っているか ”恐ろしさ” に映っているか、自分の言動のひとつ一つに細心の注意をはらっておくことが大事。 追い込み 萎縮させる結果になれば、それはOJTでも何でもありません。
ちなみに、ここで言っている ”怖い” と ”恐ろしい” ですが、国語の意味的に正しい訳け方なのかどうかは、知らないです(笑)。
どんなに注意していても仕事のなかでミスを起こしてしまうことはあります。 それを全力で復旧させたり挽回したりすることは当たり前な責任の取り方ですが、それに携わる社員たちの気持ちの ”質” や ”高さ” の、有り様(よう)というのにも、リーダーはちゃんとこだわっておかないといけません。
こういうことが起きた瞬間から、対応処理の最中、そして事後処理、クライアント様へのお詫びや迷惑を掛け協力をしてもらった仲間への感謝、そしてその後の歯止め対策などなど。 その集結に至るまで、リーダーとしての深い責任意識の上に立った言動が必要です。
リーダーは、こういう仕事の背中をチームの中で当たり前に示していけないなら、だれもそれを学べません。 この繰り返しが、良質なプロフェッショナル集団を築いていきます。
だから、「こういう組織にしたい」 と本当に思っているなら、まずは自分。 いざというときに、理想どおりの行動と責任が取れるチームになっていないのは、”自分” かも知れないと常に考えることです。 今日は自分の反省もあって、この記事を書きました。 会社のなかで、いま起こることや在ることは、自分そのものを映し出しています。